- 2015.06.04 Thursday
人間にとっての「深く静かな」方のエネルギーの重要性。情熱にも関係あり。
以前、準静電界について記事を書きましたが、
準静電界〜人とか物とかが発してるとされる電気の話〜 | Creative Arts Showers's Blog
人間も電気的なものを帯びてることは、ほぼ間違いないと思います。
その人間が帯びてる電気的なものについては世界各地で、東洋では「気」とか「プラーナ」、ハワイでは「マナ」と呼ばれて、その存在を信じる人達にとっては、大事なものと認識されてるかと思います。
あと、割と日常的に「オーラ」とか「雰囲気」なんて言葉でも表現されてるかと思います。
それぞれの細かいニュアンスの違いとかもあるのかもしれませんが、ここでは、総括的に人の「エネルギー 」と呼んでおきます。
この「エネルギー」という言葉は、日常的にも普通によく使われていて、特に、「 エネルギーが湧いてくる」とか「ライブ会場の熱気、エネルギーが凄かった」とかいう形で使われるような、「強め・熱め」なエネルギーは、そのまま普通に「エネルギー」という言葉が使われてるかと思います。
元楽天イーグルスの監督だった星野氏が、監督の要請を受けるかどうかについて語ってた時に、「エネルギーが湧いてくるかどうかだ」という言葉を使ってたのがとても印象的でした。
そして、おそらくエネルギーが湧いてきたからこそ、監督の要請を受けて、その後楽天球団史上初の日本一にまでなってしまいました。
上の文脈でいうエネルギーというのは、他の言葉で言えば、「やる気」ということなんですけど、この「やる気」という言葉自体には「気」という単語が使われてます。
「気」という単語は上でも触れたようにエネルギーの意味合いも含まれますから、「気」という単語が使われるケースを色々と思い返すと、今度は「強め・熱め」だけじゃないエネルギー(気)が人生とか日常のいたるところで、重要性を持ってることが分かるかと思います。
例えば、「気が合う、合わない」という言葉はよく使われます。
多くの人の悩みが、人間関係であることが多い現実を考えると、「気が合う、合わない」つまり「エネルギー的な相性」というのは、人間個人にとってとても大きな影響力があるものだと思います。
日本人はおそらく世界においても我慢強い方の民族だと思われてると思いますが、それでも本当に「気が合わない」で我慢できないというケースは誰でもありうると思うんですよね。我慢し過ぎて身体に負担がくるケースなんかもあるかと思います。
そして、この「気が合う、合わない」でいうエネルギーというのは、上に書いた「強め・熱め」な意味でのエネルギーではなく、もっと静かなものも含むことが多いかと思います。もっと冷静に、嫌だとか合わないと思うようなケースもあるでしょうし、やる気なんかも逆に出てこないケースもあるかと思います。
この「静かな」意味でのエネルギーは、日常的には、あまり「エネルギー」という言葉は使われないと思います。
その代わり「気」という単語ではよく使われます。
「気が合う合わない」以外にも、例えば「気を使う」という言葉は、基本的に見えないレベルからの奥ゆかしい配慮のことを指すでしょうし、「空気を読む」という言葉も、「察する」という静かな印象の言葉に近い言葉ですよね。
こういう「気」という単語で日常的に使われるような「静かな」意味でのエネルギーも、「エネルギー」という言葉で意識して使うことが多いのが、スピリチュアル系の人ですね。
仏教にせよ、神道にせよ、ヨガにせよ、うるさく騒いでるイメージよりは、黙って修行してるイメージがあると思いますが、だからこそ、「静かな」意味での「エネルギー」にも敏感なんですよね。
そして、この「静かな」方のエネルギーは、「強め・熱め」なエネルギーに比べると、「静か」であまり目立たないから分かりにくいですが、人間の人生にとって案外大事だと思います。
世間でも「エネルギー」という言葉で使われるような「強め・熱め」なエネルギーというのは、ある意味誰にも分かりやすいんですよね。お腹が空いてて元気なかったけど、食事をしたら元気になりました、というのもこの類のエネルギーと言えるかと思います。
「熱量」と表現されるようなものですよね。
要するに、ぱぁっと燃えてきたら、「エネルギーあるね」となる感じですよね。
ただ、この熱量としてのエネルギーで、「静かな」方のエネルギーの話である「気が合う合わない」の問題とか、「空気を読む」とかの問題を解決することは難しいんですよね。
むしろ、「熱め・強め」なエネルギー余って、カッとなって、その場の空気を悪くするケースなんかもあるかと思います。
「気が合う合わない」という言葉は、性格的なものを指してる場合も多いでしょうから、「静かな」方のエネルギーは、人間の性格にも大きく影響してます。
さらには、「強め・熱め」な意味での「エネルギーが湧いてくる」かどうかという問題にも、実は、「静かな」方のエネルギーというのは大いに関係してます。
「湧いてくる」という言葉は、「どこか深い場所から」という意味を伴ってると思いますが、その「深い場所」というのを、人間にとってのエネルギーで当てはめて考えれば、「深い場所」は「静かな」方のエネルギーなんですよね。
例えば、静かなエネルギーも含む「気」という単語が使われる言葉に「運気」という言葉がありますが、本当に運気が良ければ、自然と「強め・熱め」な方のエネルギー的にも元気なイメージがありますよね。いつもとあまり変わらない食事をしてるのに、何か調子良いな、みたいな。
逆に運気が悪ければ、いつもと同じように食べてるのに、なんかやる気が出ない、とか身体の調子が良くない、ということにも繋がるようなイメージがあるわけですよね。
瞑想なんかをイメージしたり、実際にやってみれば分かるように、人間にとって「深い場所」というのは、「静か」なんですよね。
その「静かな」深い部分から絶えずこみ上げてくるもの、というのは、毎日何度も補給する必要のある食事とは別の、「強め・熱め」のエネルギーの「継続的な」エネルギー源にもなって、「エネルギーが湧いてくる」状態になるわけです。
天職という言葉は、このように、その人にとっての「深い」「静かな」エネルギー源からエネルギーが絶え間なくこみ上げてきて、普通以上の成果を達成するようなものを指してることが多いかと思います。
基本的に熱量としてのエネルギーのための食事は、人間には食欲があり、今の時代は飽食の時代とも言われていて、ほとんどの人が欠かさないでしょうが、「静かな」方のエネルギーに関しては、誰もが欠かさずに意識してるとか、ケアしているという感じは無いんですよね。
ただ、現実的には、「静かな」方のエネルギーに関して、「なんとなく」というような感覚で、感じてたりすることは多いかと思います。
そのあまり強くも熱くもない「なんとなく」の感覚なんかも、長期的に見ると大事だったりすることは多いかと思います。
「熱め・強め」なエネルギーは、時間的には短いものが多いんですけど、深くからの「静かな」エネルギーというのは、もっと長い期間影響がありますから。
長く続く人間関係とか、長く続けられる仕事を意識するときは、この「静かな」エネルギーを意識した方が良いと思います。
- スピリチュアル
- 20:44
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- by watarai9